ライブ感をもつ展覧会、時を超える本、
その両方を創れるのが青幻舎の魅力です。
<プロフィール>
福岡優子
副編集長、青幻舎プロモーション Gディレクター兼務
大学では文学部芸術表象領域を専攻
学術書の出版社を経て、2010年に入社
~現在の仕事~
青幻舎では書籍の編集を行っています。
展覧会の図録、アーティストの作品集、企画本など、
バラエティ豊かな感じなんですけど、書籍をつくって読者に届ける仕事です。
いわゆる出版社の編集業務ですね。
青幻舎プロモーションでは、展覧会の企画、制作を手掛けています。
2015年に青幻舎プロモーションが立ち上がり、初期から携わっています。
企画、出品依頼や交渉、開催館との調整、作品の取り扱いや輸送の計画等々、
展覧会の開催に必要なあらゆる業務を担っています。
~シンボリックな仕事のエピソード~
展覧会の企画と編集の仕事にそれぞれ紹介したいエピソードがあります。
展覧会では、現在進行中の「漫画家生活30周年 こうの史代展
鳥がとび、ウサギもはねて、花ゆれて、走ってこけて、長い道のり」です。
青幻舎プロモーションの代表からのひと言、
「こうの史代さんの展覧会をやろうと思ったらできるかもよ」
をきっかけに構想から5年、準備期間2年を経て、
金沢21世紀美術館を皮切りに全国7か所~10か所の美術館を
巡回していくことになりそうです。
私がこうの先生(以下、先生)の作品に最初に触れたのは、
大学時代に『夕凪の街 桜の国』(手塚󠄀治虫文化賞新生賞、
文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞)を読んだときです。
見たことの無い世界観や内容に衝撃を受けました。
実際に展覧会に関わることができるとなったとき、
“今までの先生の展覧会とはまた違うものにしたい”と思い、回顧展を提案しました。
「そういえば、2025年で私30周年なんです」という先生のひと言もあって、
漫画家生活30周年を記念する回顧展と位置付けて実施することになりました。
代表作はもちろん、デビュー前の絵や作品も含めた先生の「漫画家生活」を
伝える展覧会にするべく、先生や出版社、美術館から提供頂けるものの他、
大学時代のイラストマンガ同好会のOBの方に当時の部誌や貴重な同人誌をお借りするなど
作品の収集や資料調査に努めました。
ある日、先生がご家族に、
「このひとチチヤス坊や※みたいだけど、“ガチ”なんだよ」
と私を紹介して頂いたことがありました。
たぶん、そこまでするとは思っていなかったんだと思います(笑)。
本当は進んでは見せたくない作品もあったと思います。
でも、こちらを尊重し、出さないでくれとはおっしゃらなかった。
先生の気持ちに気づきました。
そのおかげで、“ガチ”な展覧会が出来上がっていくのですが(笑)、
漫画を描く様子を映像で撮影させていただいたり、
先生発案の巨大な絵のライブペインティングをしたり、
青幻舎プロモーションとしても初めての取り組みに満ちた展覧会になっていきました。
会場に設けたファンレターコーナーには、
来場者の熱い想いが綴られたお手紙が毎日投函され、
分厚い辞書並みに積みあがっていって、これにも感動しましたね。
展覧会を通して一人の作家がもつ表現の豊かさやその凄みが来場者に、
確実に届いていることをライブに感じました。この上ない喜びです。
(※チチヤス坊や(チー坊):こうの史代さんの故郷広島に本社を置く
乳製品メーカーの明るく元気なキャラクター)
編集では、入社間もなく任された「配色事典」が、
最初の仕事のひとつだったからかもしれませんが、思い出深いです。
内容は大正から昭和初期のモダンな色づかい348パターンを収録した配色見本帖で、
先輩に教えてもらいながら、
どうしたらこの本の魅力が伝わるか、悩みながら作っていった本です。
本というのは、先程述べたライブ感とは逆で、
いつ、どこの誰に手に取られているかはわからないですよね。
長い年月をかけて、ジワジワと浸透していきます。
そんな本のもつ、時を超えていく力にも、面白さと力強さを感じています。
~メッセージ~
大学時代に学芸員の資格を取得し、
「出版/編集」と「美術/学芸員」、2つの軸で悩みながら就職を考えていました。
出版からスタートして、
アーティスト、著者、デザイナー、印刷会社の方々、先輩や同僚、そして読者…
市井にはいっぱい「先生」がいて、仕事をしながら学んできた結果、
気づけば、出版と美術館の展覧会、両方の仕事をしていました。
出版、美術に関心があって、何かやりたいと思える気持があるなら
いまは確信がなくてもその時その時に最善を尽くしきることで、
道を拓いていけると思います。