年をとったせいかこれからの何かを考えようとすると
つい、 今までの事、
つまり過ぎ去った時間とその時出会った様々な事を思う事が多い事に気づく。
それらは無数の色や形であり、 きらめいているがゆっくりと流れているのである。
蛇行しながらも大きく流れてきたのである。
僕はデザイナーと言われて30年以上も過ごしてきた。
作るのが仕事である。 絶えず何かを作り上げてきた。
作る事とは、絶えず何かを見て、 その事について考える事でもある。
春秋も、 最初の店が出来てもうすぐ30年を迎えようとしている
春秋も、大きく流れているにちがいない。
山から川が流れ出、 様々な風景に出会う様に
その時代時代に様々な事に出会ってきたし、何よりも僕たち (スタッフを含めて)が
出会ってきて右に左にとふられ、 時には流れが早くもなったし
美しい景色に目を奪われたりもしながら流れてきたのである。
利を一番に優先したのではない。
少しだけ、 半歩だけ人間の持つ本質のようなものを絶えず求めてきたのである。
僕等は春秋という一つの旅をしてきたのである。
そこでの様々な風景、 あるいは人との出会いは、
仕事としてデザインをする為に巡ったアジアの各地、
辺境での出会い、中東やヨーロッパの田舎、
アメリカの各地での細切れのようなきらめきが、
無数の衝動になって春秋に同化されているように思えるのである。
春秋は旅の拠点なのである。
故 杉本貴志