クインテット美容室 代表 佐藤 茂
私(代表シゲル)は、母が美容室を営んでおり、
パーマ液とドライヤーの音の中育ちました。
ですが実は美容師はあまりやりたくない職業でもありました。
休みも少なく、親とはいつも一緒に遊んでもらえず、
近所の家が家族で出かけるのをうらやましく見ていたからです。
でも、忙しくもいつも笑顔で仕事する母の背中を見ていて、
いつしか自然とこの職業を選んでいました。
そして東京での修行時代(8年)を終え、まだ若かった私は、
イタリアはミラノへ単身美容師として成功を夢見て旅立ちました。
が、大したコネも無く言葉も話せない日本人にどのサロンも冷たく門前払いするだけで
どこも雇ってはくれませんでした。
もう諦めて日本へ帰ろうと思っていた矢先、
ミラノでは老舗のダニエッレ・ルイというサロンに入店でき、
その後パリでヘアメイクにもなり、結局7年におよぶ滞在になりました。
そして2002年に敷島公園の中にクインテットをオープンしました。
私はクインテットをオープンする時、
クインテットがこの街でお客様を一番キレイにする美容室にしようと決めました。
クインテットに来てくれたお客様が店を出たとき、
「わぁ、あの人の髪すてきね!」職場では、
「あの人のヘアスタイル、おしゃれでかっこいい!」と
羨ましがられる様にしてあげたいと思ってこの店をオープンしたのです。
ところがお店の経営など初めてのこと、
オープンしても一向にお客様は一人もいらしてもらえない日々が続きました。
技術屋気取りだった私は、お客様に知ってもらうという努力を怠ったのです。
そしてお店の運転資金が底をつきはじめた頃、
ポツリポツリと紹介のお客様が増えはじめ、やっとお店がまわりはじめたのです。
それが今では沢山のお客様が口コミで評判にして頂き、
ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。
私はお店が苦しかったときも、お客様をキレイにする為には最高の技術はもちろんですが、
使用する薬剤も最高でなくてはと思っていました。
お店が苦しかった時、コストを度外視して(だから苦しかったんですが…)
キレイにするというお客様との約束を守ったことが、
現在のクインテットにつながっていると自負しております。
そしてこれからもどこへ行ってもヘアスタイルが決まらない方々から
「カワイイって言われたわ!」「よくヘアーを褒められるよ」と
言ってもらえることが、私たちの喜びとして、これからも努力を惜しみません。